- 2007-08-15 (水) 23:10
- ひとりごと
会社のブログにも書いたんだけど、同僚がケアリングクラウンの普及活動?を手伝っているとです。
ケアリングクラウンとは、心身の問題や苦痛を抱えるひとに対し、笑いという手段(あくまでも手段であって目的ではない=拍手や笑いを求めるわけではない)を用いて、問題や苦痛から少しでも解き放つお手伝いをする活動。
ユーモアや笑いって、真剣な場面ではともすれば軽薄なものとして受け止められかねないんだけれど、個人レベルでも経済レベルでも政治レベルでも、真剣になればなるほど、硬直あるいは緊張すればするほど、実際にはユーモアや笑いによる「ずらし」がたいせつ。
ユーモアによる状況転換って、けっこう個人的なキーワードかもしれない。このタイミングでこの考えと出会えたことはなにかの流れなんだろうなあ。
というわけで、
→日本ケアリングクラウン研究所
→パッチ・アダムス
Comments:5
- おーりー 07-08-16 (木) 0:03
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笑いって大切ですよね(^-^)
何事も笑い飛ばせる元気がある内はまだ大丈夫。
現実逃避も恒常的にならなければ、結構良いものかもしれませんね。
それで自分の気が少しでも楽になれば。 - これ 07-08-16 (木) 0:40
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うん。 まじめすぎても行き詰っちゃうからねー。
自分が死ぬとわかったときに絶望するか希望をもてるか、なかなか難しいテーマです。
- これ 07-08-16 (木) 0:42
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うーん、「希望」てことばもなんかしっくりこないかなあ。希望をもたなきゃいけない、ってことでもないだろうし。
- おーりー 07-08-18 (土) 1:15
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うーん、私は自分が死ぬと分かった時、不幸と思うか幸せと思うか、の違いだと思うのだけれど・・・。
だって、そもそも死ぬ事は誰もが逃れられない絶対的な運命なのだから、それを事前に知った時、自分だけが不運で不幸なのだと自暴自棄になるか、それとも残された時間を出来る限り有意義に使えるから、自分はまだ幸せな方なのだと感じるか。
何も知らずに明日いきなり交通事故で死んでしまうのと、病気であと2ヶ月の命ですと言われるのと、どっちが良いかと考えると、残された人の事を思えば後者の方が覚悟も出来て良いのでは、とも考えられるし・・・。
むむー、永遠のテーマですね(^^;)
そうだ、こんな時こそ笑いだ~(笑)
- これ 07-08-19 (日) 17:31
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おーりーさん、
死ぬことはだれもがさけられない絶対的な運命だとは言ってもほんとにその場面に遭遇するとなかなかそうは割り切れないところだったりします。笑うのもむずかしいというか。そういうときにちょっとでも気がラクになれることはとてもたいせつなこと。って何を言ってんだかわかんなくなってしまいました。このはなしは難しいのでこのあたりで(笑)。

